美霞洞温泉(みかどおんせん)

先日、琴南の山間にある美霞洞渓谷公園を訪れた。

ここには6年前まで、美霞洞温泉という日帰り温泉が建っていたらしい。

美霞洞温泉は、開湯以来1000年以上続いた温泉で、平家の落ち武者が傷を癒したという伝説もあった。
温泉の建物の裏手が渓谷という景勝地で、地元の人たちの憩いの場所だったため、閉鎖するまで多くの人で賑わっていたそうだ。

閉鎖した理由は、建物が国の耐震基準を満たしていなかったからとのこと。
もちろんそれだけでなくて、さまざまな理由と思惑があったのかもしれないが、耐震基準を満たしていなかったことが、引き金になったという話はありそうなことだ。

建物の耐震基準を考えた人たちや、それを法律にした官僚たちは、地震に強い社会を実現するために、日常の業務に追い込まれながら、死ぬような思いで働いたに違いない。
そのおかげで、地震で倒壊するような建物が少なくなったのだろうけれど、しかし、その結果として、地域の重要なコミュニティの場を十把一絡げにして破壊してしまうことにもなった。
このような事例は、きっと全国にいくらでもあるだろう。

彼らが情熱を持ってその仕事を成し遂げたのか、あるいは、異動するまでの数年間の仕事と割り切った上の滅私奉公だったのかは知る由もないが、ローカルなコミュニティを破壊する意図を持って、働いたわけではないはずだ。
しかし、その奉公の結果は、意図せず地域コミュニティの破壊につながってしまった。
死にものぐるいで働いた結果、見知らぬ土地の見知らぬ人たちの生活にダメージを与えてしまったのである。

現代の仕事は、多かれ少なかれ、そういった側面を持ち合わせているように思える。
たとえば、服飾メーカーが安価な服を大量に供給できるようになった裏側では、その服を作るために時給10円の労働を強いられる貧しい世界が作られているのかもしれない。
あるいは、住宅メーカーが立派な家を建てる裏側では、遠い国の森林破壊と、そこに住む動物の命の軽視が進行中なのかもしれない。
また、新しい秩序が支配する自由な世界のための戦争で、多くの命が失われている。
人々が真剣に必死で働けば働くほど、一部の人や社会を豊かにしたかもしれないが、それらとは価値を共有できない世界を破壊し続けてしまうのが、現代の仕事なのかもしれない。

以前、徳島県で日本ミツバチを養蜂している方に話を伺ったことがある。
その方は、普段はサラリーマンをされ、あるとき蜂蜜が穫れればいいという軽い気持ちで趣味として始められた。
しかし、ハチの世話をするうちに、働きバチが想像以上に働くので、驚いたらしい。昨年は、ミツバチを二群飼い、蜂蜜の瓶に1200本(一本当たり何グラムか聞くのを忘れてしまった。)穫れ、すぐに完売したという。
日本ミツバチは、草原で働く西洋ミツバチと違い、森の中で採蜜し、花粉を媒介していく。そのため、日本ミツバチが働けば働くほど、山の花々が結実し、山の実りが豊かになっていく。
そう思ったとき、養蜂を介して初めて自分自身が故郷の山と良い関係を結べたと実感したそうだ。
そして、今では、良い蜂蜜が穫れる山、つまりは日本ミツバチにとって住みやすい山とはどうあるべきかを考え、山の手入れを始められた。
全く素晴らしいことだと思う。

山の手入れは決して楽な仕事ではないが、それに真剣に取り組むことで、ミツバチや森が豊かになっていく。
それは遠い世界に住む誰かの生活を破壊することもない。
自然と人間が一体となって豊かな世界を創造していく仕事——それは働けば働くほど、すべてが豊かになっていく仕事でもある——があることを垣間見た気がした。

(なお、美霞洞温泉は、現在は源泉から別の場所までお湯を引いて、「エピアみかど」として大好評営業中です!)

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