敬意なき社会(前半)

頻繁に利用していたディスカウントストアで、ある時から、ぼくが入店すると同時に「業務放送、商品棚の整理をお願いします」という不思議なアナウンスが聞こえるようになった。

レジカウンターの人がアナウンスをしているようだが、どこの商品棚かは、いつも特定されない。そんなアバウトな指示でよく伝わるものだなと思っていた。

入店する度に、そういうアナウンスが聞こえるから、頻繁に商品を整理するんだなくらいにしか思っていなかったが、お店事情に詳しい人に聞いたところによると、ディスカウントストアでは万引きをしそうな客をリスト化していて、その客が来ると、そういう不思議なアナウンスをして従業員に注意を促すらしい。

自分だけやたら「いらっしゃいませー」と声をかけられたり、「万引きはあなたの人生を壊します」みたいなアナウンスが聞こえてきたり、従業員が隣で商品の位置を変えていたり、後ろから着いてきたりしたのは、『あなたの動きは全部見てますよ』というアピールだったのかと合点がいった。

しかし、自分は万引きをしたことがないし、するそぶりもしていない。にもかかわらず、なぜ自分が万引きの潜在犯としてマークされ続けるのか、それが疑問だったが、詳しい人の話によると、背負っているリュックサックがまずいのではないかとの事だった。
というのも田舎では車での移動が当たり前なので、リュックやバッグ等のかばん類は車内において、手ぶらで入店するのが普通である。

ぼくは自転車を使っているから、仕事帰りにリュックサックを背負って入店せざるを得ないのだが、田舎ではカバンを持って入店すること自体が普通ではない行為であり、万引き犯と疑われているのではないかとの推理だったが、確かにバッグ類を持って店に入る人はいないから、一理ある。

それに中学の同級生が高校生の時に、リュックサックを背負ったままプラモ屋に入店しようとしたら、それを理由に入店を断られ憤慨していたことを思い出した。

そこで、試しに手ぶらで入店してみたら、警戒を促すアナウンスは無かったので、詳しい人の話は、正解かもしれない。

ディスカウントストアのような薄利多売の方式では、商品を一つ万引きされただけでも大変な損害だろうし、不特定多数の客を相手に商売する以上、万引きに悩まされるのはわかるとしても、万引き犯の可能性が高いとしてマークされるのは不愉快なことであるのに違いない。

そして、ふとディスカウントストアの天井を見上げたら、数え切れないほどの監視カメラがぶら下がっていた。白を基調とした明るい店内の頭上には、数え切れないほどの監視カメラがあって、その下で多くの人が買い物をしている様子はとてもシュールだった。
客は万引きをするものだから、常に見張っていなければならないという思想を見事に形にしていた。

と同時に、ここで働く人たちがかわいそうになった。普通の客を万引き犯扱いするマニュアルに従わされ、自分たちも一日中監視カメラで監視されて働く職場というものが、快いはずがない。

お店というのは、客が必要としているものを供給する場所であり、そういう意味で社会の役に立つことを一番に考えるべきだと思っていた。
しかし、そこには、客に対する敬意も、従業員に対する敬意も存在せず、不特定多数へ商品を安売りすることによって、経済的利益を高めていくシステムしかなかった。
とにかく安ければそれでいいという消費者の心理が、薄利多売で客と従業員を監視するディスカウントストアを生みだし、社会がそれを支持してきたことを知った。

そして、自分自身がそういった消費者だったと気づいたとき、ぼくはディスカウントストアに行くのをやめた。

後半へ続く(キートン山田)

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